古代ギリシャ

2016年7月14日 (木)

古代ギリシャのとんでもないワイン(2)

(前編からのつづき)

3. 試食

食材が揃ったところで、いよいよ試食開始です!

そのまま

最初にワインもチーズも玉ねぎも、混ぜずにそのまま食してみます。
古代風のリュトン(杯)でもあればいいんですが、ないのでグラスで飲みます。うおーヘラクレスの血~!

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ただし、古代ギリシャではワインは水割りで飲むのが「善良なる市民」の常識(生で飲むのは野蛮人扱い)だったので、2:3で水割りします。古代風のクラテール(攪拌用の酒器)でもあればいいんですが、ないので計量カップで混ぜます。うん、飲みやすくておいしい! お酒に弱い私のような人種は、こちらの方が断然飲みやすいです。

今度はチーズ。
羊乳と山羊乳のフェタ(ギリシャ産)。ポロポロと崩れやすく柔らかいチーズですが、塩味と酸味があっておいしい。ちなみに、見た目は木綿豆腐と完全に一致です。
羊のペコリーノ・ロマーノ(イタリア産)。ハード系で、ピリッとしょっぱいチーズ。これはすりおろして振りかけると、アクセントになりそう。
山羊のカブラ・アル・ビーノ(スペイン産)。表面がブドウ色に染まった赤ワイン漬けのチーズです。山羊チーズはクセのあるものが多いですが、これはワインのおかげか嫌なクセがほとんどない! 先日「古代ローマ料理会」で賞味した、イタリア・アブロッツォ州のインブリアーゴ(ブドウ酒漬けの「酔っ払い」チーズ)に似て、芳醇な味わいです。

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玉ねぎは、辛味が抜けるよう水によくさらして…。

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チーズを入れろ

さあ、いよいよ覚悟を決めて、チーズとワインを混ぜてみますか…。
まずは一番被害(?)の少なそうなペコリーノから。
おろし金ですりおろし、水割りワインの中へ振りかけてみます。どれどれ…。

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なんだ、思ったほどマズくないじゃないですか! 心配していたほど脂臭いわけでもない。まあ、敢えて「おいしいか」と言われると謎ですけど、「古代式ソルティフレーバーワイン」だと思えば、ちょっと面白い感じだと思います。同様にカブラも試しましたが、こういう用途にはやはり、ペコリーノのようなハード系の方が向いていますね。

では、ついに、本命かつ一番ヤバそうなフェタ行きます。
ワインの中へフェタチーズを投入!
…が、ただ入れてかき混ぜただけでは中途半端にしか混ざらないようなので、いったん別容器に移し替え、すりこぎを使って丹念に混ぜ合わせます。なお、「チーズどろどろ&生ぬるいワイン」というのはさすがに気持ち悪そうだったので、混ぜたあとで改めて冷やしました。
すると、見てください! ワインの赤とフェタの白が中和して、ピンク色のカクテルみたいなオシャンティな飲み物ができちゃったぞ!!

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古代ギリシャにナイトラウンジがあったかどうか知らないけどさ、これ酒神ディオニュソス様がマスターを務める会員制クラブ(美しいバッカスの巫女たちがホステス役)とかで出してそうなお酒じゃない?

で、肝心な味の方はといいますと、いわく言い難い不思議な味…。だが、決してマズくはないです。「ワイン」だと思って飲むと限りなく意味不明ですが、そう、たとえばですね――

ギリシャのド田舎の山岳地帯。旅をしてすっかりくたびれていたところ、羊飼いのお婆さんが手招きして、何やら羊の乳とワインを混ぜて作ったらしい謎の飲み物を差し出す。咽喉の渇きに耐えられず、勧められるままに一口飲んでみると……何これ、変わった味だけどおいしい! 塩分も補給! 私のHPは回復した!!

……まあ、こんなイメージでしょうか。分かります? すごく「羊飼い」な雰囲気の飲み物(もはやワインかどうかは謎)なんですよ。

玉ねぎを入れろ

この辺で止めておいた方がいいような気がしますけど、ええい、毒を食らわば皿まで! 玉ねぎを投入だ!! 写真が怪しさしかないぞ。

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というわけで3種類の玉ねぎを、ピンク羊飼いドリンク(仮)に投入してみたのですが、あれ? と拍子抜けするほどエグみもヤバさもありません。これでは今ひとつインパクトがないので、アーリーレッドをすりおろして(まるでワインのような鮮やかな色!)、小さじ1杯を加えると…。

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おお…! 余計訳が分からなくなった。というかこれはもう、滋養強壮系ドリンクだ。「ピンク羊飼いエナジードリンク(仮)」だ。見た目のオシャレ感に反して、たいへん土俗的な味わいです。村の勇者とか、吸血鬼ハンターとかが戦闘前に飲んでそうなイメージ。

4. まとめ

古代ギリシャ式チーズと玉ねぎのワイン、いかがでしょうか。ピンク羊飼いエナジードリンク、あなたも試してみたくなりましたか?
今回の試行錯誤で得られた、重要な注意ポイントをいくつか挙げておきます。

  • なるべく手軽なところから試したい人は、パルメザンチーズをワインに振ってみるところから始めましょう。これはいけると思ったら、どんどんエスカレートすればいいんじゃないでしょうか。
  • 瓶入りのオイル漬けフェタチーズは買っちゃダメ絶対。
  • フェタとワインを混ぜるときは、いきなり全部を混ぜるのではなく、少しずつワインを加えていくとよい。すりこぎの使用を推奨。時間をかけてしっかりかき混ぜて。
  • 冷やした方がおいしく賞味できます。ぬるいとまずいよ。
  • 個人的には玉ねぎはない方が飲みやすいと感じましたが、オニオン好きな人、エナジードリンク好きな人は、少量ずつ玉ねぎの絞り汁を入れてみてお試しください。

最後になりますが、シシンさん、いつも興味深い古代ギリシャ情報をありがとう!

そして、来たる7/18(月祝)には、「音食紀行 古代ギリシャの宴~お魚料理編~」という、海の日にふさわしいイベントが予定されています。こちらもおすすめですので、興味のある方はぜひ。

古代ギリシャのとんでもないワイン(1)

古代ギリシャ人は、ワインにチーズや玉ねぎを混ぜて飲んでいた!
それは果たして我々が経験したこともない美味珍味か、それとも禁断の激マズ料理か?
実際に試してみたレポートをご覧あれ!

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1. 発端

東京国立博物館で開催中の「特別展 古代ギリシャ」。去る7月7日に行われた、音楽&トークイベント「古代ギリシャ ナイトミュージアム」にて、出演者の藤村シシンさんが、こんな古代ギリシャの食情報をお話しして下さいました。
「古代ギリシャではワインを水で割るのが基本でしたが、その他にも海水を使うとか、チーズや玉ねぎを使うというレシピもあったんです。私も実際やってみましたが…すごくマズかったですね
そりゃあ当然だろう…と思う一方、この「チーズ入りワイン」なる代物が、どうも私の頭に引っかかって気になりました。

かのホメロスの『イリアス』にも、ヘカメデが英雄たちにワインを振舞うこんな場面があります。
「いまその器に 皆のために、女神と見まがうその女は、プラムノスの酒で混粥(*キュケオン)をつくり、山羊の乾酪(チーズ)を 青銅の下しで擦って、白い麦粒を上にふり掛けてから、混粥の用意がすべて調ったとき、飲むようにと、すすめて出した。さても二人は飲み干して…」 (XI, 638–641. 呉茂一訳)
この、現代人からすると「飲み物」なのか「お粥」なのかよく分からない謎めいたキュケオンは、やはりワインと麦とチーズで作られた「飲み物」なのです。

もしかして、チーズ入りワインって、実はすごい飲み物なのでは? これを飲めば、古代ギリシャの世界に束の間トリップできちゃうのでは?
そんな好奇心が発端となって、禁断の「古代ギリシャ風・チーズと玉ねぎ入りワイン」に挑戦してみることにしました。

2. 食材調達

ワイン

ギリシャワインには、「NEMEAネメア 2010 スペリオーレ」(赤・辛口)を選びました。ペロポンネソス半島ネメアで栽培される、アギォルギティコ (Agiorgitiko)というブドウ品種です。説明文によれば、”古代から知られており、深く濃い赤色のワインになることから、このブドウは「ヘラクレスの血」と呼ばれる”と。ヘラクレスの血!

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チーズ

次にチーズを調達。都内のデパ地下では屈指の品ぞろえを誇る(と私は思ってるんですが)、日本橋三越のチーズ売り場<Cheese on the table>へ。

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店員さん「いらっしゃいませ! 今日はどのようなものをお探しでしょう?」
坂本「あー実はちょっとですね、ギリシャの赤ワインにチーズを―」
店「ワインのおつまみにぴったりのチーズ、でございますね」
坂「いえ、つまむんじゃなくて、混ぜて飲みたいんですよワインの中に」
店「フアッ?!」

もう、この時点で店員さんにドン引きされてる100%変な人なんですが、恥を厭わず相談してみることに。

坂「古代ギリシャの人がそういう飲み方をしていたそうで、試してみたいと思うんですが」
店「なるほど、ワインの中へチーズを入れるんですか…。確かに、そうすることでチーズの臭みが取れるので、チーズは美味しく召し上がれるかもしれません。ですが逆に、ワインには脂や臭みが移ってしまうので、まず美味しくはならないかと

ああ、やっぱりそうなのか…。でも、やると決めた以上ダメ元で構わないので、もう少しチーズ選びにお付き合いしてもらうことにしました。

「ギリシャと言えばフェタチーズですね。”最古のチーズ”とも呼ばれていますので、古代の人が食べていたチーズに一番近いかもしれません」
そこで、よく店先で見かける定番の瓶入りフェタに手を伸ばそうとしたところ、
「あっ、そちらはやめた方が。オリーブオイル漬けですのでワインに油が浮かんでしまい、とても飲める状態ではなくなります。こちらの、オイル漬けでない方はいかがですか?」
と店員さんがアドバイスを。確かにその通り! (もしかしてシシンさんが「激マズだった」というの、瓶入りフェタをお使いになったのでは?)

そのほか羊のペコリーノ・ロマーノ、山羊のカブラ・アル・ビーノを購入。

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玉ねぎ

最後に玉ねぎ、これは近所のスーパーで。チーズ以上にワインの中へ入れたらヤバそうな予感しかしないので、ちょっとでも質のいいものを…。玉ねぎ、アーリーレッド、そしてペコロスの3種類を買いました。玉ねぎが悲惨だった場合に備えて、ローズマリーもカゴに入れとくか。

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(次ページ:食材が揃ったところで、いよいよ試食開始です!…)

2016年1月13日 (水)

古代ギリシャを描いた小説

古代史ファンにすすめる!
「古代ギリシャ」を描いた小説(歴史小説・ミステリ・ファンタジー)のブックリスト9作品です。

古代ローマ篇はこちら

歴史小説

ピエール・ルイス『アフロディテ』

Pierre Louÿs, Aphrodite - Mœurs Antiques, 1896|沓掛良彦訳、平凡社ライブラリー、1998

古代ギリシャの崇拝者であるフランスの耽美派詩人、ピエール・ルイス最初の長編小説。
エジプト、プトレマイオス朝のアレクサンドリア。
都市一番の美女と謳われる神聖娼婦クリュシスは、女王の愛人で「アポロンのように美しい」彫刻家デメトリオスと出会い…。
ギリシア神話を下敷きにした、愛とエロスの物語。
ジョルジュ・バルビエが美しい挿絵本を描いている(1954)。

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ピエール・ルイス『ビリティスの唄』

Pierre Louÿs, Les Chansons de Bilitis, 1894|沓掛良彦訳、水声社、2003

サッフォーと同時代(紀元前6世紀)の女流詩人ビリティスの詩を翻訳したもの、という体裁で出版された散文詩集。
知られざる詩人だったビリティスの墓が19世紀になって発見された経緯を本当らしく記した序文など、ルイスの筆があまりに巧みだったため、ビリティスという詩人が実在すると信じてしまった読者続出。
大真面目に論じて恥を書いた文芸評論家もいた。

それはともかく、バルビエの挿絵つき豪華本(1922)は必見である。

(バルビエは『ビリティスの唄』を3回=1910、1922、1929=手がけている。一般に知られているのは第2版。第3版は「秘密の歌」と呼ばれ25部だけ限定出版された)

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阿刀田高『獅子王アレクサンドロス』

講談社、1997(2000年文庫化)

紀元前4世紀、ギリシャからインドに及ぶ大帝国を築き上げたアレクサンドロス大王。
その波乱に満ちた生涯を描いた歴史小説。


阿刀田高『新トロイア物語』

講談社、1994(1997年文庫化)

絶世の美女にしてスパルタ王妃のヘレネと恋に落ちた、トロイア王子パリス。
駆け落ちした王妃を奪還するため、ギリシャとトロイアの戦争が始まった。


メアリ・ルノー『アレクサンドロスと少年バゴアス』

Mary Renault, The Persian Boy, 1972|堀たほ子訳、中央公論新社、2005

「アレクサンドロス三部作」のひとつ。
未曾有の世界帝国を築いた、マケドニアのアレクサンドロス大王。
アケメネス朝ペルシアのダレイオス王に愛され、のちにアレクサンドロスに仕えた美少年バゴアスの視点から、英雄の生きざまを描いた歴史ロマン。

古代ギリシャでは全く珍しくないことながら、アレクサンドロスはバイ・セクシャルだったようですね。
宦官バゴアスも実在の人物です。


歴史ミステリ

マーガレット・アン・ドゥーディ『哲人アリストテレスの殺人推理』

Margaret Doody, Aristotle Detective, 1978|左近司祥子訳、講談社、2005

アリストテレスを探偵役とする哲学ミステリー。
BC332年、アレクサンドロス大王支配下のアテナイで有力貴族ブータデスが殺された。
親ペルシャ派と目され前科によって追放中のフィレモンに疑いの目が向けられる。
リュケイオンに学んだステファノスは、不在のいとこの無罪を晴らすべくプロディカシア(予備審問)での弁論に立つために、師アリストテレスに援助を乞う。
アテナイの知性・哲学者アリストテレスが推理解明する事件の真実とは?

本作は「アリストテレス」シリーズの第1作。現在8作ほど出版されているが、他は未邦訳。
ちなみに、著者も訳者も大学に籍を置く研究者です。


柳広司『饗宴 ソクラテス最後の事件』

創元推理文庫、2007

ペロポネソス諸国との戦争をきっかけに、アテナイは衰微の暗雲に覆われつつあった。
そんななか、奇妙な事件が連続して発生する。
若き貴族が衆人環視下で不可解な死を遂げ、アクロポリスではばらばらに引きちぎられた異邦の青年の惨殺死体が発見されたのだ。
すべては謎の“ピュタゴラス教団”の仕業なのか?
哲人ソクラテスが、比類なき論理で異形の謎に挑む!
野心溢れる本格推理。


柳広司『パルテノン』

実業之日本社文庫、2010

ペルシャ戦争に勝利し映画を極めたアテナイを舞台としたミステリ、3篇を収録。

・「パルテノン」パルテノン神殿の設計者フェイディアスと、アテナイの最高指導者ペリクレス
・「巫女」デルポイの巫女アリストニケ
・「テミストクレス案」ペルシア軍を海戦で破ったテミストクレス


歴史ファンタジー

荒俣宏『幻想皇帝―アレクサンドロス戦記』

角川春樹事務所、1996-97、全3巻

戦国時代の日本。イエズス会の宣教師フロイスが織田信長に語る。
「西洋には二千年前、歴山大王(アレクサンドロス)という偉大な王がいました。その王は、信長様にとてもよく似ています」
フロイスの語りを通じて、アレクサンドロスの物語を綺想に満ちた筆致で描いた伝奇小説。

『アレクサンダー戦記』としてアニメ化もされています(1999)。


【補足】

・矢野龍渓「経国美談」明治16-17
・太宰治「走れメロス」昭和15
・ロバート・グレイブス「ホメロスの娘」Homer's Daughter, 1955.(未邦訳)

2015年6月30日 (火)

「である」ことと「であってほしい」こと―古代ギリシャ彫刻の色をめぐって

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(古代ローマ彫刻、プリマポルタのアウグストゥス像)

はじめに

白い大理石のギリシャ彫刻が、かつて極彩色にいろどられていたとされることを、あなたはご存知ですか? ちょっと想像してみて下さい、ルーヴル美術館にあるミロのヴィーナス像が、真っ白な大理石ではなく、原色の赤青黄緑……で着色されている様子を。純白のヴィーナスと極彩色のヴィーナス、あなたはどちらが好きですか? そして、あなたの美意識や趣味を他の人にも共感してもらいたい、と思いますか?

本記事では、古代ギリシャ彫刻のいわゆる「着色問題」を題材に、「である」ことと「であってほしい」ことについて考察します。

なお蛇足ではありますが、当記事のタイトルはもちろん、丸山眞男の『「である」ことと「する」こと』(1961)をふまえたものです。

「古代ギリシャ=白」という固定観念

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そもそも、私たちはなぜこんなにも「古代ギリシャは白亜の文明」という、強い固定観念を持っているのでしょうか?
ちょっと考えれば、これはかなり妙なことです。というのも、四大文明に始まり古代ローマ文明やアステカ文明、我が国の天平文化など、およそ世界のあらゆる古代文明では、極彩色の色彩感覚がむしろ一般的ですよね。むろん、現存している遺跡や文化財は色褪せているものが多いのですが、科学調査によって当時の色が再現されつつあります。
なぜ、ポンペイの壁画や「源氏物語絵巻」の復元なら「目の覚めるような古代の色彩だ!」と称賛されるのに、極色彩のギリシャ彫刻には違和感を覚えてしまうのでしょう? 高尚な芸術作品に色がついた途端、まるでテーマパークの張りぼてのような、キッチュで安っぽいものに見えてしまうのはどうして? そして、内心でつい(見なかったことにしたい……)と思ってしまうのはなぜなのでしょうか?

「古代ギリシャ=白」というイメージの源泉をたどっていくと、それを作り出すきっかけとなった主要人物として、18世紀ドイツのヴィンケルマン(J. J. Winckelmann,1717-1768)という美学者の名を挙げることができます。彼は『ギリシア芸術模倣論』(1755)や『古代美術史』(1764)によって、古代ギリシャ美術を人類が模倣すべき最高の芸術として理想化しました。
重要なのはヴィンケルマンによって、「白」が単なるパレット上に無数に並んだ色の一つではなく、「純粋無垢」「自然」「普遍美」などの理念と結びつけられたことなのです。理念と不可分のものとして称揚された以上、白は他の色とはもはや置き換え不可能。赤や青では意味がない、白でなくてはならないのです。

「である」ことと「であってほしい」こと

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しかし大変厄介なことに、古代彫刻には着色がされていたであろうという事実に、ヴィンケルマン自身も気づいていながら、彼はそれを意図的に無視してしまいました。
この歪みが、いずれどこかで弾けてしまわないわけはありません。その爆発例が、1930年代に大英博物館で起きた「エルギン・マーブル事件」。博物館の関係者たちが、かつては極彩色だった美術品の表面からその痕跡を「洗浄」してしまった、という大スキャンダルです。

私たちはしばしば、「~である」という事実と「~であるべきだ/あってほしい」という規範/ヴィジョンを混同しがちです。社会で行われる様々な経済活動や政治運動などが一般に、「事実」に基づいて「ヴィジョン」を立てるべきであるとするならば、事実のみを探究するのが学問であり研究であると言えるでしょう。
一番たちが悪いのは、「ヴィジョン」→「事実」という流れ。「こうあってほしいと思うから、事実はこうであった」。こんなことが博物館という研究の場で行われたら、それはもう「捏造」にほかなりません。エルギン・マーブル事件はまさに、「ギリシャ彫刻は白であるべきだ、あってほしい」という根強い固定観念が先立ち、彫刻の表面を研磨して着色の事実を隠蔽するという悲劇を生んだものでした。

「であってほしいこと」としての展示と修復

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さて、こうしてみると、「それなら今ミュージアムに展示されているギリシャ彫刻はみな間違った姿じゃないか。本来の正しい姿に戻すべきだ!」と主張する人が現れることでしょう。なるほど、一理ある主張ですね。この考えに賛同する人々が集まって、例えば「古代ギリシャの真実を愛する会」という組織を作ったとします(略称「真愛会」とでもしておきましょう)。こんど我が街の美術館で「古代ギリシャ美術展」が開催されることになったのですが、おや、真愛会の人たちがさっそく何か提案を主張していますよ。ちょっと耳を傾けてみましょう。

古代ギリシャでは彫刻に色がついていたのだから、真っ白な作品をそのままの形で展示することは真理に反している。そこで:

1. パネルやパンフレットなどにその事実をきちんと記載する。
2. 本来の色を忠実に再現した原寸大レプリカをつくり、並べて展示する。
3. オリジナルの彫刻に対して、本来の色通り着色した修復を施す。
4. そもそも「間違った」「問題のある」展示は中止すべきだ。

どうでしょうか? あなたならこの1~4までの主張、どこまで許容できますか?
私自身は1・2までなら概ね賛成ですが、3は留保付きで基本反対、4には全面的に反対、という意見です。
本稿の前半で見てきたのは、過剰な「であってほしいこと」(願望)が、「であること」(事実)を歪めてしまう、という事例でした。他方その逆もありえるのです。つまり、事実に基づいてヴィジョンを構想するのは重要なことでありますが、あまりにも事実にがんじがらめになってしまうと、もはや「であってほしい」と思考する人間が主体的に身動きを取ることができなくなり、ヴィジョンがヴィジョンでなくなってしまう、ということなのです。4の「ならば全部やめてしまえ」というのは、このような主体性の無力化の極北にあると言えるでしょう。

Ch29_anonymous_napoleon_displaying_「議員たちにアポロン像を見せるナポレオン」1799年の銅版画


選択肢3・4に賛成しかねるのは、もう一つ理由があります。「そうは言っても、ギリシャ彫刻から色が剥がれ落ちてきた2000年以上の長い歴史を<無かったこと>にしていいのか?(よくないよね)」という論点です。

個人的な思い出で恐縮ですが、私は学生時代にほんの下働きのアシスタントとして、南仏プロヴァンスの文化財調査に同行させて頂いた経験を忘れることができません。それは15世紀の教会祭壇画の調査でしたが、調査中にしばしば、19世紀の技術者による稚拙な修復痕が発見され問題になりました。これをどう処置するのかをめぐって、日仏の関係者が議論を交わしていましたが、「消せばいいって言うけど、19世紀は歴史じゃないんですか!」と日本人の先生が発言されたことが強く印象に残っています。

では果たしてどちらを取るべきか、については個別に慎重な議論をしなくてはならないと思いますが、ここで言いたいのは、まずはそういう議論が必要だということなのです。安易に「間違ったものは消せばいい」「美術品が劣化してきた歴史は無かったことにしていい」とはすべきでないと思います。

おわりに

古代ギリシャ彫刻の着色問題を題材としてきましたが、本文中で例として挙げた架空の「真愛会」はこの問題に限らず、あらゆる社会現象の中に偏在するものではないか、と思っています。

本文では話を広げすぎないため、ミュージアム展示だけに限定しましたが、実際問題この真愛会の人たちはどんどん活動の幅を広げていくことでしょう。次は、公園や公共建築のロビーによく置いてあるレプリカ彫刻についても、「真っ白なのはおかしい」と主張するかもしれません。ギリシャ旅行の広告やCMにも異議を唱えるかもしれません。「社会に誤った先入観を植え付ける」「子供の教育上悪影響」と反対しづらいワードを駆使しつつ、この世から白いギリシャ彫刻を駆逐しようとするかもしれません。

もしそういうことが起ころうとするならば、私たちは古代ギリシャの哲学者アリストテレスの唱えた「中庸の徳」を、今一度思い起こす必要があるでしょう。

2015年6月29日 (月)

古代ギリシャ女子会に行ってきた

ギリシャの経済危機が世界を騒がせている真っ只中ですが、先週末の6/28(土)、東京大学で古代ギリシャ関連の公開講座・野外劇上演イベントが行われました。
その後、研究家の藤村シシンさんを中心に有志で集まり、本郷の喫茶店で古代ギリシャについてなんと6時間(!)、熱く濃密に語り合いました。
ああ、これは部分的にでも書き残しておかねば……と感じたため、本エントリはその時の断片的記録です。

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【目次】
みんな、古代ギリシャ好き過ぎないか?/本郷で古代ギリシャトーク/完全再現! 野外供儀@東京ドーム/パルテノン神殿 極彩色プロジェクション・マッピング/断食月ギリシャ・グルメツアー

みんな、古代ギリシャ好き過ぎないか?

葛西康徳教授の「古代ギリシア教に改宗することはできるか?」という、何やら刺激的なタイトルの公開講座(東京大学文学部)。実を言うと、内容以前に驚いたことがいろいろあります。
まず、このタイトルに秘儀感ありすぎ。か、改宗、ですって?! わたし仏教徒なんですけど、一体何をされちゃうの? おそらく会場の教室では火が焚かれ、犠牲の牛を神に捧げ、「この場にいる者は誰か?」「善良なる市民!!」と斉唱したりするんだろうな……などと想像してしまいました。Tirasi1_2
そして当日、会場は大教室ながら満員、立ち見が出るほどの盛況ぶり。客層は老若男女バランスよく揃っていたので、お年寄りが無料のカルチャーセンター代わりに来ているとか、刀剣女子ならぬ「古代ギリシャ女子」が殺到……というわけでもなさそうです。次々と増えていく来場者を眺めながら「みんな、ちょっと古代ギリシャ好き過ぎないか?」と、思わずつぶやきました。そういうお前も、なんですけど。
ヨーロッパではむしろ、古典語教育の時間がどんどん削減傾向にあるというのに、アジアの島国で謎の古代ギリシャ熱が起こっている現象は、世界的に見ても興味深いんじゃないでしょうか。

本郷で古代ギリシャトーク

講義終了後、有志6名で近くの喫茶店ルオーへ入り、お茶をしながら古代ギリシャについて語り合うことにしました。
参加者は、専門家である藤村シシンさんと星彦さん、ギリシャ在住のHさん、占い師のNさん、天文がご趣味で絵師のMさん(あと私)です。ほとんど全員が初対面でしたが、共通点はギリシャ愛!

最初に店に入ったのが16時ちょっと前、ルオーが土曜日17時閉店のため、駅前のドトールへ移動して閉店の22時まで。つまり、気づけば6時間超トークしていたという……!
あ、ちなみに「古代ギリシャ女子会」という名称を勝手につけたのは私で、最初は漠然と「お茶会」って言ってたんですが、お茶会ってふつう店2軒ハシゴして6時間もやらないよな……と思いまして。

それでは、前置きが長くなりましたが、以下のまとめをご覧ください。四方山話の中からブレイン・ストーミングのように飛び交った、「こんな古代ギリシャを体験したい!」のアイデア集です。

完全再現! 野外供儀@東京ドーム

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先月5/23にお台場のTOKYO CULTURE CULTUREで行われた「古代ギリシャナイト」、善良な市民の皆様はご存知の通り、冒頭の祭儀は壮絶なものでしたね。犠牲の白牛が縄で曳かれ、会場を引きずり回された挙句、断末魔の叫びを上げながら頸動脈かっ切られ! 辺り一面血の海になるわ、内臓飛び散るわ! すかさずその場で火を焚き、牛を丸焼きに。もうもうたる煙と獣脂の臭いで会場はもう凄いことに――はならなかったんですよね。「消防法」という名の壁により……。
そこで、次はいっそ東京ドームあたりを借り切って「完全再現! 野外供儀」とかどうでしょう?(by 星彦さん)というお話に。

シシンさん 「東京ドーム? すげー!! 東京ドームいいですね、屋根ないから焼き放題だし、芝生とか牛の血ガンガン吸収してくれそうな感じだし!」
Mさん 「東京ドームで牛焼くのって、消防法的にはセーフなんですか?」
坂本 「よく分からないですけど、たぶんアウトかと…」
シシンさん 「どっかないかなあ、消防法的に大丈夫な場所」
Hさん 「牧場を一日借りてしまうとか……」
星彦さん 「キャンプ場とか、バーベキュー場貸し切った方が早くないですか?」
全員 「「「「「それだ!!!」」」」」

というわけで、来年のアポロン神のお誕生日会は、ひょっとしてBBQパーティになる可能性があるかもしれません。なお、シシンさんによればアポロンの君は脂の乗ったお肉がお好みではないので、最高級の松坂牛を用意しなくてもいいそうです。
(これは公開講座で葛西先生も仰ってましたね、古代ギリシャの供儀では神様に骨を捧げ、肉は人間が食べるのだと)

パルテノン神殿 極彩色プロジェクション・マッピング

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今では真っ白な大理石のパルテノン神殿ですが、当時は鮮やかな色彩に着色されていたことが、文化財科学調査によって判明しています(復元想像図)。ただそうは言っても、さすがに今から神殿をこういう色に塗り直す、という修復は現実的に不可能ですよね。そこで、夜間限定で極彩色プロジェクション・マッピングしてはどうか、と……。

Hさん 「でも、現地のギリシャ人で夜中に働いてくれる人が集まるかどうか?」
(※注:公務員の多いギリシャですが、役所などは午後2時に閉まるそうです。あまり日本人のように長時間労働しません)
シシンさん 「だったら、日本から人員を送り込めば!」
Hさん 「下から照明を当てるだけの普通のライトアップだったら、既にやってますけどねー」
Mさん 「パルテノン神殿って、真っ白だっていうイメージがあるから、派手な色を受け入れるのなかなか大変かも」
坂本 「慣れましょう。私らはもう無理かもしれないけど、下の世代には慣れてもらいましょう。子供の教育用にぬり絵つくって、『パルテノンしんでんをキミ色にそめよう!』みたいな」

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ちなみに後で調べてみたら、米国テネシー州ナッシュビル市にある、パルテノンの原寸大レプリカ神殿では極彩色ライトアップが試みられているようですね。古代色の再現、という文脈とは関係ないみたいだけど。ギリシャの本家も、一度やってみませんか? 今は経済危機でそれどころではないでしょうが……。

断食月ギリシャ・グルメツアー

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ギリシャにお住まいのHさんからは、衣食住・仕事・子供の教育など、日常生活について在住者ならではの興味深いお話を伺いました。
特に面白かったのが、ギリシャ正教の断食月です。詳しくはこのページあたりを見て頂きたいのですが、簡単に言えばイースター(復活祭)前などの一定期間、肉や乳製品などの食事制限をする宗教的習慣です。(イスラム教のように日中の飲食を禁じるわけではありません)

シシンさん 「私、断食月にギリシャ行ったとき、正直あんまりみんな厳格に守ってないな、って印象を受けたんですけど……」
Hさん 「あ、断食は最初の方って割とゆるいんですけど、期間中にだんだんエスカレートしていくんです」
ALL 「「「エスカレート」」」
Hさん 「最後の方とか結構厳しくなりますよー。レストラン行くと断食メニューあるし、お店にも断食フード売ってます。断食ケーキとか」
シシンさん 「断食ケーキ……! 何その、名称からして思いっきり矛盾してる存在……!!」
Nさん 「でも断食ケーキ、おいしそう」
シシンさん 「断食ラーメンとかも食べてみたいな~」
坂本 「え、断食ラーメン?! そんなのあるんですか??」
シシンさん 「いえいえ、ないと思います(笑) 断食月のギリシャ、今度はマックスにエスカレートしてる最後の方に行ってみたい!!」

欲しいよ、断食ラーメン……。ラー油の代わりにオリーブオイル入ってるのかな。ダイエット中にムシャムシャ食べてみたいよ……(←なんか本来と全く違う趣旨の食べ物になっている)。

そのほか、

・エペイロス(≒ドドナ)は古代ギリシャ人にとっての「古代ギリシャ」
・満月の夜なら停電なんて怖くない!
・ギリシャは乾燥しすぎ、日本は湿気多すぎ
・成田空港へ着くと空気中に水の分子が見える!
・普段いかに、東京の水と空気に甘やかされて生きているか!

などなど、飛び出した名言は数知れず。

いやー本当に楽しゅうございました。
ご参加の皆さま、どうもありがとうございました。
そして古代ギリシャファンの皆さま、今度はぜひ別のお茶会で語り合いましょう!

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  • 坂本葵 | Aoi SAKAMOTO

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